最新 2025年秋季号

2025年秋季号 NO.281号
〈MICROSCOPIC&MACROSCOPIC
  短歌との縁 矢島由美子
〈15首詠〉 石川ひろ・赤石美穂
〈山下和夫の歌〉1996年『埴』6月号より
〈作品Ⅰ㋑〉 小原起久子・宮澤 燁・
       牧口靜江・ほか
〈作品Ⅰ㋺〉 相良 峻・石井恵美子
       今井五郎・ほか
〈作品Ⅰ㋩〉 天田勝元・今井洋一・
       大場ヤス子・ほか
ONE MORE ROOM 小原起久子
   山下和夫著 『現代短歌作品解析Ⅲ』より
    45【なだらかな転体】
一首鑑賞   菊池悦子・萩原教子
〈まほろば集〉佐藤真理子・萩原教子
〈会友〉   井出堯之・板垣志津子
       川西富佐子
〈題詠〉光
﨑田ユミ・反町光子・土屋明美
佐藤香林・今井洋一・板垣志津子・
大場ヤス子

短歌の作り方覚書 29
 言葉の位置   堀江良子
おしらせ
玉葉和歌集(抄)30  時緒翔子
25年春季号作品評 
作品Ⅰ評        相良 峻  
15首詠・まほろば集評 茂木惠二 
作品Ⅱ・題詠評    藤巻みや子
ばうんど
編集後記

表紙絵 山下和夫



会員作品(抄)
 ふりがなは作者による。原文はルビ形式。
【15首詠】
洗濯物をシンメトリーに干し終えて今日の最初の
着地点とす               石川ひろ 
色あせて残り少なき狼狽の香り吸いおり
青空と共に               同 
華やかに桜吹雪のごとやって来て着地をすれば
雪となる雪               赤石美穂   
カフェラテに泡のハートの揺蕩いてなつかしき声の
沈みいる気配              同

【山下和夫の歌】 1996年『埴』6月号より  
水槽に沈透(しず)く豆腐の一丁の角崩れざるは
尊く見える                山下和夫 
水色のパックの豆腐手のひらに乗せられて
春ゆらゆらゆらり             同
【作品Ⅰ】㋑
お盆には懐かしい人が還りくる  先祖代々
けなげなる嘘              小原起久子
カフカ忌の夕暮れである洗濯機の汚物が水を
濯ぎつつある              宮澤 燁 
潤む目に銀河の星の一滴を落として今宵の
眠りに付かん              牧口靜江 
ながらえし足の指にもごくろうさん声かけた日の
多きこの冬               宮崎 弘 
ハイウェイの騒音朝から落ちてきて小さなわが町
満杯になる               江原幸子 
照らされて照らし返して少しずつ闇へ入りゆく
下弦の月は               堀江良子 
白菜を切って売られる時世なり邑美人という
レッテルはられ             佐藤和子 
君に会えぬ同窓会の通知いちまい 君逝きし噂に
返事出さぬまま             元井弘幸 
【作品Ⅰ㋺】 
「みどりの日」の東京駅のコンコース 止まるな
 避〈よ〉けろよ 横切るな       相良 峻 
真上には白き太陽 目の前に薄墨の海
 いつか見た景色か           石井恵美子  
黄に比から秋の深まり推しはかる柿の九割
柚の一割                今井五郎 
【作品Ⅰ㋩】 
自販機に並ぶコーヒーいつからかコールドになり
春深まりぬ               天田勝元 
桝席で大声かける「照ノ富士」「ああ」に変わりし
最後の相撲               今井洋一 
空豆の蕾ほつほつ美智子様の衒(てら)いなき御歌(おんうた)
「ゆうすげ」を読む           大場ヤス子 
取り寄せの御節で正月  手作りを亡き弟に
届けしはむかし             菊池悦子 
まなこ見て話せば「妹」とわかるはず遥ばる訪いし
兄の虚ろに               﨑田ユミ 
青空に映えて桜の花びらのひとつ散り来る
わが胸中に               佐藤香林 
旧仮名の「ゐ」と「ゑ」の曲線美しくあなたのゑがほ
思つてゐます              清水静子 
わび助の活けられ蕾開きたり白傷(いた)みなく
寒に入りゆく              反町光子 
いつも遠い木である 桐の花空を翳(かげ)らせる
うすいむらさき             藤巻みや子 
重き背を丸めて歩く路地の奥冷たき手すりの
非常階段                茂木惠二 
【まほろば集】 全10首 
生きて又来られましたと手を合わす父母の墓
菊の香燦々               佐藤真理子
ブラジルの春の季語に「珈琲(コーヒー)の雨」あると
「茶の花」は時雨に濡れいる       同 
「しわがない、七〇歳はまだまだ」と顔剃りくれる
八十路の理容師             萩原教子 
半世紀前憧れしテニス部長に声は掛けない診察室前 
                    同  
【会友】 
岸壁に当たり砕けし激流は台風過ぎて静かに流る 
                    井出堯之 
春風にはためいてゐる百年を商ふ茶舗の
新茶ののぼり              板垣志津子 
早春の日を浴び「国際女性デー」ミモザのレースを
飾りて祝う               川西富佐子 
大粒の雨にうたれて項垂れるたえて紫陽花鮮やかさ増す 
                    土屋明美 
タンポポが次々咲いてわが庭に健気な春の春の命が満ちる 
                    中山幸枝 
ようしゃない雷の音にへそ隠すもう行ったねぇの母の声待ち 
                    牧野八重子 
【題詠】「光」3首 
照り返す陽ざしに「クラッ」とわがまなこ閉じれば
なずきのの水面青空           﨑田ユミ 
柔らかな光が照らす木彫の観音菩薩笑みあたたかし 
                    反町光子 
青空からふる街路樹の陽光に歩く人みな影法師かな 
                    土屋明美 
施餓鬼会(せがきえ)の相和す読経に睡魔きて香煙上る
光差す御寺(みてら)          佐藤香林 
苦しみを笑顔で語る「病院ラジオ」雲の隙間にあふれる光  
                    今井洋一 
公園にキャッチボールの少年にありあまり降る五月の光 
                    板垣志津子 
イタリアに旅行く娘が乗っている飛行機なるかも
光見上げる               大場ヤス子

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

        

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


雲海を破りてぐらり陽の昇る幻覚にいていのち
華やぐ         宮崎 弘 
来し方にむだの時間のありたるやボーと過ごせる
午後の陽だまり     同
夕さりて戦(そよ)ぎし欅しずまりぬ風に帰る
ところのありて     藤巻みや子
夕されば「かえる」と言いし父なりき未生以前を
人は求める       同 
藤房の露手のひらに束の間を身の紫に
染められてゆく     堀江良子      
草に伏し己が気配を消し去れば身は
銀漢の色に濡れいる   同

鮎の瀬に踏ん張っていし踝(くるぶし)のそれぞれは
ちちははに賜る     山下和夫  
あじさいの藍の花毬切る鋏撃ち落としたるは
他界の手なる      同
わが庭に伸びて一夏の青点(とも)すクレマチスも
風の中の蒼眠      同
【作品Ⅰ㋑】 
春が来れば咲く花のごと戦(せん)めぐりアキバ系
男子も出兵す      宮澤 燁 
満面の笑みなる人等は黄泉の人 この世のわれには
また新年が来る     牧口靜江 
大根は力を込めて切るものよ研げばなおさら
切れぬ包丁       江原幸子 
茶の友の喜寿を祝いて「あかとんぼ」オカリナの音色に
あわせて合唱      佐藤和子 
約束の時間を過ぎて来ぬ人を雨上がりの街に
待つも楽しき      石川ひろ 
流星群のピークに出かけふたつみつ数えること
無く帰る        元井弘幸 
【作品Ⅰ㋺】
地を削り太平洋へと利根源流萎えて久しき
我が脚たたく      相良 峻
新米に焚けるむかごのほろほろと晩秋の身を
ころがりてゆく     石井恵美子 
七十路のフィットネスマットの上(え)に「浜辺の女(おみな)」
ポーズ良好       赤石美穂 
手のひらを点すホタルの息づきに合せて
沢の涼を吸い込む    今井五郎  
脳トレとゲームにリセット繰り返しリセットできない
一日暮れゆく      佐藤真理子
【作品Ⅰ㋩】
春の日に ブロッコリー抜く親子見ゆ孫ははるかな
遠き地におり      天田勝元 
みこも刈る信濃の国の渋温泉霧わく山の
朝湯につかる      大場ヤス子 
「そうかもう」食器棚探し苦笑い愛用のマグカップ(マグ)
割ったのはわれ     菊池悦子 
初めての離乳食を食むひ孫双手挙げあげ
笑むはパパ似か     﨑田ユミ 
催促のつもりはなくてイチジクの美味をほめたり
朝の散歩に       清水静子 
河原(かわはら)の草木のみこみ葛の葉がつながりゆけり
巨大なアメーバ     反町光子 
老友は憮然としてかけてくるその強さを
たたえるなり      坪井 功 
認知症いや熱中症の気にかかる夏のセールの
葉書眺めて       萩原教子 
空が青筋雲が白の濃さ増した秋のスクランブル
交差点         茂木惠二
【まほろば集】 10首
義父の忌を幾たび迎へし歳月か三十四歳の
死の顔知らぬまま    佐藤香林 
戦地にてマラリア病みし義父なれば脳腫瘍にもなりて
死にしとふ       同 
愛しさを伝える言葉詰め込んで隠す心の
後朝(きぬざね)の文  今井洋一 
道長の詠みし望月見上げおり気がかり無きや
雲かかるとき      同
【作品Ⅱ】
色褪(あ)せし折鶴二羽が文箱に微睡(まどろ)むことも
許されぬまま      渡辺香子
【会友】
おのが身にあさかげあつめ蜜蜂の一つが残菊を
点検してゐる      板垣志津子
グラウンドも超高層ビルの中公立小の
授業始まる       井出堯之 
まだ霜の降りない朝の風を浴びて皇帝ダリアが
凛と咲きおり      川西富佐子 
早春に寒波到来氷点下梅の芽はまた
深く映る日々      土屋明美 
腎機能次第に強まる食べ方と新聞にのり
試しみる        中山幸枝 
白薔薇がハラハラ散りて軒のした母の最期は
六月の夜        牧野八重子 
【題詠】 宇宙 3首
ふんわりと箍(たが)の外れて宇宙に浮くヨガの
最後の無空のポーズ 石川ひろ 
宇宙よリ届きし光新たなる年の始まり
 川波揺るる    清水静子 
夕焼けのまだ残りゐる西空に輝きはじめる
宇宙のホタル    今井五郎 
人類の夢抱きつつ「コウノトリ」宇宙の駅に
飛び立ちゆきぬ   茂木惠二 
天秤座の鼾聞いてる水瓶座宇宙の中の
あなたとの距離   佐藤真理子 
下手なうたに慰解もとめて数十年 自分の居場所
自分の宇宙     板垣志津子 
イタリアに旅ゆく娘の乗っている飛行機見上げり
宇宙のつづく    大場ヤス子