第23回プログレス賞受賞作品
遠き夕空 佐藤真理子
黄のバケツに孵化して泳ぐメダカには径18cm(じゅうはち)の空が空なり
同じ殻の種より育てし河原撫子こき紅もあわきもありぬ
山法師の花ひしめいて伝言ゲーム「密は楽しい楽しい密は」
鬼ユリの点点と咲く高原に身裡の鬼を置いて帰りぬ
山峡の村の防災アナウンス木霊の分の間隔あけて
大家族の聲を蔵(おさ)めてひんやりと農に生きたる祖母の珊瑚玉
夜の森の黙(もだ)をつきぬき着信音あの世とこの世の狭間ただよう
床ずれの出来ぬベッドを嫌がりし亡父を綿雲にそっと乗せやる
糸ススキの葉先に落ちる雨の粒そんな出会いの積りて一生(ひとよ)
時計草咲きいる時間は残り世に加算されゆく心地に視ている
急流を行く一葉を追いゆけば去年(こぞ)の私が我を追い越す
言いさして去りてゆきたる君の声 カナカナカナカナ 遠き夕空
被災地へ贈らんと選る絵本から吾子の声して棚に戻しぬ
連なりし若き白樺の幹は弦 散りゆく黄葉が鳴らしてゆきます
水引草(みずひき)の白き点描瞬ゆらし秋の素足の越えてゆきたり
虫喰いの穴ありてなお枝先につながっている一葉とわれ
半信半疑に受粉させたる通草(あけびづる)信じた分だけ青き実つける
水指の濃きコバルトの幽谷より一杓の秋の水掬いおり
千歳とう茶杓の前にひとときを出会いて別れぬ 誰も一人(いちにん)
茶筒から振り出す茶葉の甘くかおり凍てし厨の空気の動く
冬の夜の車窓に映るわが顔をたらちねの母過りてゆきぬ
冬空へ桜大樹の枝先は血管のよう 陽を吸っている
節分に追い出されきし若き鬼そよ風のごと我に寄り添う
大ケヤキに萌えるさみどり 何度でもやり直しても良いのですね
車のキーまだ見つからぬ 剥がしゆく春キャベツの柔らかき迷路
目のすみを過りて消えし黒き影亡父かな亡父だな 花見酒飲む
うすあおき五月の部屋にノミ跡の光る少女の小さき乳房
だまし絵に段(きだ)を上れば下りゆく 進むほか無しこの世の道を
最後にではなく呼んで欲し冥界の幼馴染の〝花いちもんめ〟
死の瞬より一番若い今日の日を深く息する 若葉の光る
遠き夕空 佐藤真理子
黄のバケツに孵化して泳ぐメダカには径18cm(じゅうはち)の空が空なり
同じ殻の種より育てし河原撫子こき紅もあわきもありぬ
山法師の花ひしめいて伝言ゲーム「密は楽しい楽しい密は」
鬼ユリの点点と咲く高原に身裡の鬼を置いて帰りぬ
山峡の村の防災アナウンス木霊の分の間隔あけて
大家族の聲を蔵(おさ)めてひんやりと農に生きたる祖母の珊瑚玉
夜の森の黙(もだ)をつきぬき着信音あの世とこの世の狭間ただよう
床ずれの出来ぬベッドを嫌がりし亡父を綿雲にそっと乗せやる
糸ススキの葉先に落ちる雨の粒そんな出会いの積りて一生(ひとよ)
時計草咲きいる時間は残り世に加算されゆく心地に視ている
急流を行く一葉を追いゆけば去年(こぞ)の私が我を追い越す
言いさして去りてゆきたる君の声 カナカナカナカナ 遠き夕空
被災地へ贈らんと選る絵本から吾子の声して棚に戻しぬ
連なりし若き白樺の幹は弦 散りゆく黄葉が鳴らしてゆきます
水引草(みずひき)の白き点描瞬ゆらし秋の素足の越えてゆきたり
虫喰いの穴ありてなお枝先につながっている一葉とわれ
半信半疑に受粉させたる通草(あけびづる)信じた分だけ青き実つける
水指の濃きコバルトの幽谷より一杓の秋の水掬いおり
千歳とう茶杓の前にひとときを出会いて別れぬ 誰も一人(いちにん)
茶筒から振り出す茶葉の甘くかおり凍てし厨の空気の動く
冬の夜の車窓に映るわが顔をたらちねの母過りてゆきぬ
冬空へ桜大樹の枝先は血管のよう 陽を吸っている
節分に追い出されきし若き鬼そよ風のごと我に寄り添う
大ケヤキに萌えるさみどり 何度でもやり直しても良いのですね
車のキーまだ見つからぬ 剥がしゆく春キャベツの柔らかき迷路
目のすみを過りて消えし黒き影亡父かな亡父だな 花見酒飲む
うすあおき五月の部屋にノミ跡の光る少女の小さき乳房
だまし絵に段(きだ)を上れば下りゆく 進むほか無しこの世の道を
最後にではなく呼んで欲し冥界の幼馴染の〝花いちもんめ〟
死の瞬より一番若い今日の日を深く息する 若葉の光る